2013年1月31日木曜日

“せんどうさん”を募集します

船頭多くして、船、山に登る

船頭が多いと、物事が決まらなかったり、思ってもみない方向へ進んでしまうこと、だそうです。この場合は、あまり良い意味ではないようですね。

しかし、私たちは、“せんどうさん”という言葉を、あえてミュージアム・パートナー(ボランティアグループ)の愛称にしています。それには理由があるのです。

せんどうさんの活動は、まずは個人個人が楽しむため、学ぶためのもので、その結果として、博物館の成長や、何よりも地域の歴史・文化の継承につながっていって欲しい、そう考えたからなのです。

また、船で島から島へ、川岸から川岸へ渡るときには、船頭の技術と経験が必要となります。
博物館の伝えたいことを、お客さんや地域のみなさんに、地元の言葉で親しみやすく伝えてくれる、博物館とお客さんのかけはしに、そんな願いを“せんどうさん”に込めたのです。

現在の会員数は44名。とくに活動日や時間が決まっているわけではありません。暇なとき、気が向いたとき、博物館が助けを求めたとき、そんな時にニコニコしながらやってきて、楽しく活動されています。何でも自由に、というわけではなく、もちろん学芸員をはじめとした館のスタッフと相談しながら、さまざまな活動を行います。以下は活動の例です。


こんなん作ってみたんよ。飾ってもよかろか。
地元の言葉で親しみやすく。これはコソンホウゆうてね・・・。

家で育てた花を飾ろうわいね。

おにいちゃん、よう似おうとるよ。

水軍レース前やけん、きれいにしとかないかんわい。
 
地元の小学生と土器焼きの窯づくり。道具はこうやって使うんよ。

年1回の研修旅行。
昨年度は能島城でよく出土する備前焼などを勉強をしました。
これは、閑谷学校でボランティアさんの説明を聞いているようすです。


さて、平成25年度のミュージアム・パートナーの募集を開始いたします。応募期間は、2月5日(火)から3月10日(日)までです。くわしくは、このHPのイベント&トピックスに掲載しています。興味のある方は、まずはお気軽に博物館までお電話ください(電話0897-74-1065)。(K)

2013年1月29日火曜日

能島城跡出土品のその後・・



村上水軍博物館では毎年能島城跡の発掘調査を実施しています。

そして、その調査成果の速報的な一般公開の場として、

昨年も3月に郭Ⅱ(二之丸)の現地説明会を開催しました。


雨中の発掘調査説明会(2012年3月4日能島城跡二之丸にて)


それから数か月経ったいま、
その時の調査の本格的な整理作業・報告書づくりが、ピークを迎えています。

その舞台裏を少しだけお見せしたいと思います!

(リアルタイムの進行状況とは合わないと思います・・)


今回は誰もが気になる…!?
調査で出土した出土品のその後について・・・


おおまかな工程については以下の通りです!


①現地で写真や図面測量をおこなった出土品は、
 それぞれ出土した場所や日にちなどの情報を記入したラベルをつけて、
 博物館に持ち帰ります。

②持ち帰ったばかりの出土品はまだ土が付いた状態ですので、
 人の手によって1点1点ていねいにやさしく水洗いをします。

③ラベルを付けてかごに入れて、自然乾燥します。

④ラベルの中身(遺跡名、出土地点情報、日付)を出土品に書き込みます。
 これを注記といいます。
 極細の筆でポスターカラーの白色を使って1点1点書き込みます。(写真参照)

⑤注記した出土品を出土地点、さらに種類ごとに広げて、破片の接合をします。
 パズルと違って必ずパーツがそろっているわけではないので、
 どこまで粘るかの見極めが大切です。

出土品(かわらけ)を広げて接合できるものを探す


接着剤と洗濯ばさみで接合します



このあと、不足部分を石膏などで補完することもあります。

土の中でバラバラになりながら数百年眠っていた当時の生活の道具たちは、
こうして、元のかたちに近づけて復元されていくのです。

作業はごく単純に見えますが・・

出土した場所を明確に記録することと、
出土品を傷つけないように扱っていくことなど、
細心の注意が必要になります。

博物館で展示している状態の出土品も、
このような工程を経て、出来上がっていきます。

でも、まだまだ、出土品のかたちを整えただけでは
報告書を書いたり、展示することはできません。

ここまではその前提の作業に過ぎないのです。


出土品の図面を作り、写真を撮影し記録化すると同時に、
その由来や、年代など、まだまだ調べることが残されています。

いままさにその作業に取り掛かっているところです。

普段は見られない・・
こういったことも博物館のお仕事の一つです。(S)




2013年1月27日日曜日

小さなかけらから想像する

昨日は、休日を利用して、愛媛県美術館の企画展「出光美術館所蔵 文人画名品展」を鑑賞しました。

池大雅、与謝蕪村、富岡鉄斎など日本文人画の名作の鑑賞はもちろんのこと、私がこの企画展を見たかった最大の目的は、特別出品として初めて里帰りした、伝伊予松前城出土の重要美術品“青白磁渦文梅瓶”を見ることでした。同展のチラシなどに小さく載っている青白い瓶をご覧になられたことがありませんか・・・そう、その瓶です。

なぜ見たかったか。
展示解説でも紹介していただいていましたが、この青白磁渦文梅瓶の小さな破片が、能島城でも3点ほど出土しているからです(写真はその一つ)。完全な形を見ておくことで、小さなかけらから、その形を想像することができます。しっかり目に焼き付けてきました。与謝蕪村や富岡鉄斎の名作を何十分も鑑賞されている方がいらっしゃいましたが、私も負けずにこの梅瓶を15分も見てました・・・。

梅瓶(めいぴん)は、梅枝を飾るのにふさわしい形をしていることから、このように呼ばれるそうです。中国のもので、南宋~元の時代の作と考えられています。日本でいうと、鎌倉時代頃です。

能島城跡の南部平坦地から出土した“青白磁渦文梅瓶”の破片。
青白い色調で、渦のような文様が刻まれています。
伝松前城出土の梅瓶は、もっと光沢があり、緻密で、
渦文は数条の細い線で描かれていました。☆不許転載

これが、少し時代の下った室町時代の遺跡からも出土します。能島城や湯築城などがそうです。なぜでしょうか。おそらく、高い骨董的な価値があって、大名や海賊衆がそれを大事に持っていたんだと考えられています。とても貴重なものだったのですが、能島村上氏もそれを手に入れて、能島城に飾っていたのでしょう。

企画展「出光美術館所蔵 文人画名品展」は、今日(1月27日)までです。お近くの方はぜひご覧になってください。

ちなみに、昨日の午後は、愛媛大学で開催された第13回アジア歴史講演会「考古学における新年代論の諸問題」を聞きに行ってきました。最近は発掘調査報告書の執筆に追われていて、デスクワークが多かったので、勉強の一環ではありますが、刺激的な一日でした。(K)

2013年1月26日土曜日

+6.7ノット

潮汐表を見ると、満潮、干潮の時間のほかに、「最強」の項目があります。

つまり、その日のうちで一番潮流の速い時間(目安)が示されているのです。
そして、+は満ち潮、-は引き潮を表しています。

先日、学生さんを能島城にご案内した話をしましたが、その日の最強が+6.7ノット。
1ノットが1.852㎞/hですので、6.7ノットは時速約12.4mということになります。

その潮の流れがこの写真です。



潮汐表をめくってみると、最強が10ノット前後になる日もありますが、6.7ノットでもこの迫力です。

能島城周囲の潮流のベストタイムは、潮流体験船を運営する「能島水軍」(宮窪町漁協)さんのHPで見ることができます。http://www.noshima.jp/besttime
最強でも2ノット、なんて日もありますから、要チェックですね。ぜひ一度体験してみてください。


 
日本三大急潮とも称される来島海峡でも観潮船、体験船が出ています。
宮窪瀬戸とはまた表情の異なる潮流を体験することができます。

☆株式会社しまなみさんの来島海峡急流観潮船↓

☆大浜漁協さんの潮流体験(4~10月)。 魚釣りもできるそうです。
お問い合わせ、ご予約は、電話:0898-23-3737まで。

運休日や料金など、くわしくは、能島水軍さん、しまなみさん、大浜漁協さんに直接お問い合わせください。(K) 

2013年1月24日木曜日

久留島家ゆかりの地を訪ねて④-国指定名勝旧久留島氏庭園-

久しぶりに久留島家ゆかりの地を訪ねてを更新します。第4弾です。

以前紹介しました玖珠町森の末廣神社の周辺には、3カ所の立派な庭園があります。
いずれも末廣山の地形や眺望を利用して配置されていて、園路によってつながれた回遊式の庭園と考えられています。

平成24年1月24日、国の名勝に指定されました。


これは、末廣山の斜面と裾を利用した、陣屋の御殿に接する「藩主御殿庭園」の遠景です。枯瀧を中心に、バランスよく巨石が使われているそうです。


これは以前も紹介した「栖鳳楼庭園」。枯山水の石組と、その背後にある景色(借景)が組み合わさっているそうです。




最後は、「清水御門前庭」。末廣山西側の清水御門前の堀の一部を庭園化しているそうで、横からだけではなく、上から(御茶屋)からの鑑賞も考慮している、と解説されていました。

私は庭園に関してはまったくの素人ですが、そんな私でも藩主御殿庭園に配された巨石は迫力があり、また栖鳳楼から眺める景色と庭園はとてもすばらしいと感じました。ぜひ現地で一度ご覧ください。末廣神社の宮司さんのお話だと、やはり秋が一番の見ごろだそうです。

なお、この文章は、現地に設置してある解説板を参考に書きました。また、写真はすべて、玖珠町教育委員会からご提供いただき、許可を得て使用しております。転載はご遠慮ください。(K)

2013年1月23日水曜日

達筆すぎて読めんわい

以前も告白しました通り、私は古文書が読めません。しかし、地道に勉強をすれば、少しずつ読めるようになるそうです。今年こそは!と思いながら、はや何年過ぎたでしょうか・・・。

そんな腰の重い私を尻目に、当館のせんどうさん(当館ミュージアム・パートナーの愛称)たち数名は、2週間に1回、博物館に集まり、自主的に古文書の勉強会を行っています。

「達筆すぎて読めんわい。」
そう言って笑いながらも、熱心に勉強されています。


この勉強会は、当館のスタッフで唯一古文書が読める田中顧問を講師として、古文書解読の基礎を楽しく学ぼうという試みで、昨年4月から始めました。


将来的には、当館保管の『村上家文書』のうち、まだ未解読の史料が多い、近世文書の解読などにもチャレンジしたい、と意気込んでおられます。私も負けずに頑張らなければいけませんね。

さて、古文書の勉強会に関連して、私がとても感銘を受けたエピソードを一つ紹介したいと思います。

東日本大震災で甚大な被害を受けた地域のひとつ、陸前高田市。市立図書館には、岩手県指定文化財の『吉田家文書』(江戸時代)が保管されていて、地元の陸前高田古文書研究会の方々が20年以上もかけて、地道にその解読を行ってきたそうです。全95冊のうち、93冊まで解読を終え、あと少しで完了でした。

3月11日。図書館は津波で水没し、図書のほとんどは流出してしまったそうです。重要書庫に保管されていた『吉田家文書』の原本は、水に浸かりながらも奇跡的に流出を免れ、レスキューのみなさんの手によって救出されました。古文書を見つけた瞬間、会のメンバーは涙を流して文書を抱きかかえた、とある新聞に書いてありました。

厳しい現実もあったそうです。解読に携わった方のうち3人が津波で亡くなり、また20年以上かけて解読し、完成間近だった読み下し文のほとんどが流出してしまったのです。

しかし私が感銘を受けたのは、この厳しい状況でありながら、最初から解読をやり直すことを即座に決意されたことでした。これまでやってきたことを放り出すわけにはいかない、と。
地域の歴史を大事にして、後世に伝えたい、後継者を育てたい、そんな強い思いがあって、もう一度最初から、という道を迷わず選ばれたのだと思います。

陸前高田市のように、地域の歴史や文化財を愛し、伝えようとする人たちが増えるために、博物館は何をしたら良いのでしょうか。当館のせんどうさんたちが行っているこの勉強会が手がかりを与えてくれるかもしれません。(K)


☆この記事は、当時の新聞・テレビ等の報道や下記の本などを読んで書いています。

【参考文献】
国立歴史民俗博物館編2012『被災地の博物館に聞く 東日本大震災と歴史・文化資料』吉川弘文館

2013年1月22日火曜日

水軍の島を紹介

1月16日の読売新聞(夕刊・関西版)で、能島城跡が紹介されました。

紙面を大きくとっていただき、能島城、村上水軍博物館、カレイ山展望公園、潮流体験、法楽焼など、村上水軍に関わる島の魅力が紹介されています。この記事がきっかけとなって、多くの方々にお越しいただければありがたいものです。

くわしくは、ヨミウリ・オンライン「今治・水軍の島」をご覧ください。↓
http://www.yomiuri.co.jp/osaka/feature/kansai1308203483172_02/news/20130116-OYT8T00842.htm

ヨミウリ・オンラインのトップページ↓
http://www.yomiuri.co.jp/
(K)

☆ホームページのリンクは読売新聞社から特別に許可を得ています。
☆ヨミウリ・オンラインの記事は、一定期間が過ぎますと削除されますので、あらかじめご了承ください。

2013年1月18日金曜日

学生さんと能島へ

アメリカからT大学へ留学中の大学院生Mさんと能島城を散策しました。


Mさんは、中世瀬戸内海の研究をされているそうで、来月まで日本で勉強をされるそうです。
中世の瀬戸内海を語る上では、海賊史、とりわけ村上水軍の研究は欠かすことのできないということで、今回、当館に調査に来られました。

実際に能島城跡に上陸し、村上水軍の歴史を体感したいということだったので、私も同行し、これまでの発掘調査成果などを踏まえて、ご案内させていただきました。


能島城跡の最大の特徴は海岸部にあると言っても過言ではありません。
来島城散策の記事でも説明しましたが、岩礁ピットや海蝕テラスが能島城跡でも多く残っています。Mさんも、やはり海岸の遺構に興味を示されたようでした。


能島城跡をひと通り散策した後は、潮流体験船に乗って海上から見学しました。
潮汐表を見て、この日の最強の時間に見学を設定しましたので、約6ノット(時速約11km)の速さで流れる満ち潮を体験していただくことができました。能島城の散策、潮流体験には、潮汐表は欠かせませんね。

能島東側(矢櫃の下)の潮流。満ち潮、約6ノット。

Mさんは、日本語が堪能で、能島城に関する論文などをかなり勉強してこられたようですが、実際に現地を訪れてはじめて実感できたこと、わかったことが多かったとおっしゃってました。

来月には帰国されるそうですが、良い博士論文を書いていただき、その成果をいつか教えてくださいね、とお願いしました。

今回のように、研究の目的で能島城を散策したいという学生さんがおられましたら、気軽にご相談ください。業務の都合によりますが、ご希望があれば学芸員が同行し、ご案内させていただくこともできます。(K)


ちなみに、能島城跡へは定期船はございませんが、上陸は特に制限されていません。
事前の相談が必要ですが、渡船業者や宮窪町漁協が運営する潮流体験船で上陸することもできます。もちろん渡船代が必要になります。

ただし、能島城跡は国指定史跡であるとともに、瀬戸内海国立公園特別区域に位置しますので、火気厳禁はもちろんのこと、ゴミの放置や、史跡の損壊につながるような行為はおやめいただくよう、管理団体(今治市)としてお願いしております。