2017年8月7日月曜日

ミュージアムキャラクターアワード2017に「かげちかくん」参戦!投票お願いします!

インターネットミュージアムが主催するミュージアムキャラクターアワード2017に村上水軍博物館公式キャラクターの「かげちかくん」が参戦しています!






現在10位前後をいったりきたりしています。
投票はこちら→ミュージアムキャラクターアワード2017
皆様の投票をお待ちしております!

K

2017年7月28日金曜日

企画展「守る海賊から船手組へ」~花嫁を守る村上海賊~

7月1日より開催中の、
企画展「守る海賊から船手組へ」!





















中世(室町・戦国時代)の村上海賊と、
近世(江戸時代)の船手組村上氏の展示ですが、

中世の守る海賊では、
中世の瀬戸内海で活躍した村上海賊が、
いわゆる「パイレーツ」とは異なり、
「守る」という役割を果たしていたことを、
関連資料を踏まえて紹介しています。

今回の展示で大きく取り上げているのが、

花嫁を守る海賊

です!

時は1581年、本能寺の変の前年のことであります。
中国地方の覇者毛利輝元と、
伊予(愛媛)の河野通直は、
友好関係を深めるため、
毛利輝元の姪が河野通直のもとに嫁ぐことになりました。
政略結婚と言われるやつです。
戦国、乱世を感じますね。(ヒエェェーーー!!!)
















←関連系図



中国地方から伊予に嫁ぐということで、
この花嫁(毛利輝元姪)は、輿入れするために、
瀬戸内海を渡ったということなんですが、
その時にこの花嫁を守っていたのが、
村上海賊(能島村上氏)なのです!(ドヤ!)

村上海賊は時として、こうした要人を「守る」、
今で言うところのSP(Security Police)
のような活動もしていました。(DOYA!)
                

今回の企画展では、
婚姻の翌年に、毛利氏重臣が村上武吉(能島村上氏)に、
花嫁警固のお礼を述べている手紙を、展示しています。











 


※写真の左の古文書です。三原に出張していたため、複製を展示しておりましたが、帰館しましたので、先日から原本を展示しております。おかえり!!


瀬戸内海を渡って輿入れする花嫁を村上海賊が守ったということですので、
講演などでこの話をするときには、

瀬戸の花嫁を守る村上海賊!!
などと紹介しております。

こうした海賊が活動していた事例も、このように
「瀬戸の花嫁」という言葉を使うことによって、
少しはとっつきやすいものになるかと思います。
「瀬戸の花嫁」という名曲のおかげです。
こちらに来てから、「瀬戸の花嫁」をよく耳にしますが、
その度に美しいメロディーラインに心癒されます。

そんな名曲「瀬戸の花嫁」を作曲された平尾昌晃氏が、永眠されました。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。
私は趣味で喇叭を吹いておりますが、
平尾昌晃氏が、音楽を監修された某ドラマシリーズの喇叭は、私の永遠の憧れです。
あんな哀愁漂う音をいつの日か出すことができれば、、、
夜な夜な喇叭を吹いております、、、

               学芸員O






2017年7月20日木曜日

本日の南海放送「ニュースチャンネル4」で村上水軍博物館が特集されます

本日の南海放送「ニュースチャンネル4」で村上水軍博物館の日本遺産に関する特集が放送されます。学芸員の活動にスポットを当てた特集になっているそうです。番組ホームページで予告動画が配信されています。

【放送日時】 7月20日(木) 午後6時15分以降の予定
【番  組】 南海放送「ニュースチャンネル4」

2017年7月16日日曜日

和田竜先生ご来館!

本屋大賞2014受賞作『村上海賊の娘』の作者、和田竜先生が講演のため来館されました。
今回のご講演は、村上海賊に関連したツアーのプログラムの一つで、東京の旅行会社さんが企画されました。

和田先生のご講演は対談方式で行われ、聞き手は私K。小説の誕生秘話や先生による木津川口合戦の解説など、私たち学芸員とはまた違う視点でのお話はとても面白く、参加者の方も満足のご様子でした。

講演前には、ミュージアムショップ『JiBaカフェ能島』で販売する『村上海賊の娘』にサインをいただきました。



最近できた村上海賊ポロシャツを着て、参加者の方々に日本遺産のPRもしてくださりました。とても気さくな和田先生に感謝です。

K

2017年7月6日木曜日

博物館実習を行っています

村上水軍博物館では現在、博物館実習生を2名受け入れています。
お二人とも大学4年生。学芸員の資格を取得するために必須となるのがこの実習です。
私Kも十数年前に実習をいたしました。懐かしいです。

昨日は、博物館による情報発信の仕事を体験してもらおうと、今治のコミュニティ放送「FMラヂオバリバリ」に電話で生出演していただきました。



実習先になぜ村上水軍博物館を選んだのですか?という質問の答えを通じて、しっかり博物館の宣伝をしてくれました。

実習は8日(土)まで行っています。
企画展「守る海賊から船手組へ―村上海賊、その子孫と瀬戸内海-」開催中ですので、ご覧いただくとともに、もし館内で実習生に出会いましたら、温かい声をかけてあげていただければ幸いです。



K

2017年6月30日金曜日

企画展「守る海賊から船手組へ」明日開幕!

企画展「守る海賊から船手組へ―村上海賊、その子孫と瀬戸内海―」が明日開幕します!
村上海賊と言えば戦国時代のイメージですが、じつはその子孫たちも「船手組」として江戸時代の瀬戸内海で活躍をしました。



船手組とは、萩藩の海を所管する部署で、能島村上氏は船手組頭を務めます。
海を「守る」ための仕事をしていたわけですが、じつは戦国時代、つまり海賊時代にも村上氏は船を「守る」働きをしていました。

守る海賊から船手組へ。
村上海賊とその子孫たちの活動の実態に迫ります。

昨年12月に日本遺産調査研究事業で新たに発見された村上家文書のうち、前回の企画展「能島村上家伝来資料群」では2点を公開しました。

この企画展では、さらに2点の新発見資料を初公開いたします。
萩藩の家臣から能島村上家へ宛てられた書状。ぜひご覧ください!

新発見資料の調査と本企画を担当した学芸員Oが後日このブログで見どころを解説します。お楽しみに!

K

2017年6月9日金曜日

新日本100名城の認定証が届きました

「認定証 能島城殿」



4月に認定されました「新日本100名城」の認定証が届きました。

「日本を代表する歴史的名城であると認定されました」

能島城の価値もさらに高まり、注目度を増すことでしょう。
認定証は博物館のどこかに掲示させていただきたいと思います。

K

2017年6月8日木曜日

新発見!村上家文書 見どころ②

前回(約1ヶ月前)のブログに引き続き、
企画展「能島村上家伝来資料群」の
見どころを紹介します!

前回のブログはこちらです
↓
http://suigun-staff.blogspot.jp/2017/04/blog-post_29.html

新たに発見された「船手」と記された、毛利の殿様からの手紙。
調査を進めていくなかで、
(しみじみとながめていると、)
ふと思いつくことがありました。













昔の人々は、受け取った大事な手紙は、
きちんと後世に伝えるために、
写しを作成することがあります。

現在の我々が、
大事な書類はきちんとコピーを取り、
きちんと保管・保存するようなものです。

今回新たに見つかったもののなかにも、
江戸時代に能島村上家で作成された
戦国時代の古文書の写しがあります。

そうであるなら、
新しく見つかった毛利の殿様からの手紙も、
実は写しが作成されているのではないか、、、

そう考えたときに、
博物館で保管している村上家文書のなかに、
江戸時代の古文書を写した冊子があったことが脳裏に浮かびました。

私は、そう考えるや否や、
収蔵庫に向かいました。

そして、江戸時代に古文書を写した冊子を見てみると、、、












今回発見された古文書が写されていたのです!
(左のページです!!)

今回の新発見の古文書は、
江戸時代の能島村上家で筆写されていた、
ということになりますので、
新発見は”再発見”でもあったということになります。

今回の新発見は、日本遺産の調査研究事業によるものですが、
村上海賊の日本遺産のサブタイトルは
「よみがえる村上海賊”Murakami KAIZOKU"の記憶」です。
今回、江戸時代に写されていた古文書が、
再び発見されたことは、
まさに、
「よみがえる村上海賊”Murakami KAIZOKU"の記憶」
と言えるのでないでしょうか!


(以下、反省と感想)
と、得意げに書いてきたわけでありますが、
これまで、そうした写しがあることが、
把握できていなかったと言えば、
その通りですし、
私の調査がそこまで及んでいなかったというのも、
厳然たる事実ですので、
博物館で保管しております村上家文書の江戸時代のものも、
これまであまり活用されて(して)きませんでしたが、
きちんと調べていかないといけないなと、
改めまして思った次第であります。

そうした意味では、
今回の新発見に、
背中を押されたようにも感じる、
学芸員Oでした。

企画展は(おそらく)大好評開催中!
6月25日(日)まで!