2013年7月9日火曜日

幼児用 よろい・かぶと できました。

前からあったらいいなと思ってた小さい幼児用の着付け鎧兜。



4歳児以下の小さい子供たちは、子供用鎧兜の着付けは難しく重いため、従来はこちらの陣羽織(手作り)や折り紙兜を勧めていました。



で、現場はもっと手軽に着付けができる製品を求めていました。

そこで 受付担当 水軍ガール達が出した答えはこれです。


街中の格安ショップで買い求めた材料、博物館で使わなくなった廃材などを用いて制作。


手作り感 いっぱいの鎧兜です。

まだ、初試着はできていませんが、完成第1号の試着記念撮影をしてみませんか?



また先日発注していた大人用鎧兜も 鹿児島の専門店から到着し、これまで以上に複数同時着付け、記念撮影ができるようになりました。


来年は子供用の鎧兜も増える予定で、今まで以上にご家族そろっての着付け体験・記念撮影ができます。

... という私は試着したことがありません。もっぱら着付けのみですが。。

今度、もつれて試着写真を撮らなくては。。

着付け体験は無料。結構、楽しいものです。
http://suigun-staff.blogspot.jp/2013/06/blog-post_12.html?m=1


気軽にスタッフへ声をかけてください。ご来館お待ちしています。(D)

2013年7月5日金曜日

夢の架橋実現?? 浜のねこ

昨日の夜、大雨の中、空を走ってた光の龍が騒いでいました。

もうすぐ待ちかねた梅雨明けになるかもしれません。

今日の朝、能島の近海に巨大なクレーン船が。。


ついに能島への夢の架橋が実現するのでしょうか。。


いやいや能島城跡は国史跡ですのでそれは無理です。 どうやら漁港の工事関係のようです。



この後、お昼過ぎには巨大なクレーン船は立ち去ってしまいました。

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話題は変わりますが、この宮窪漁港近くで、先日朝、何者かが「大きな桜鯛」を盗み?道を横断しているところを目撃!!しました。

それも「ねこ」。飼い猫かどうかは不明ですが、いつもは道を横切るのに左右を見ずにゆっくりと横断しますが、この日は足早に狭い街路へと去っていきました。


( 注 このビデオは後で見やすいように編集しスローモードにしています。)

いいシャッターチャンスでしたが、運転中で携帯カメラは使用できません。しかし、何かの時のために購入した低価格のドラレコがその瞬間をとらえていました。

長時間モードで画質がHD規格ではないので、綺麗に撮れておらず鮮明に判断できませんが、その「ねこ」はわれわれもめったに口にできない30cm級の大物桜鯛を道すれすれに咥えていました。

取れたてらしく新鮮なピンク色してましたね。付近には人らしい人はおらず、漁師の人には申し訳ないですが、その猫はなんか嬉しそうな顔でした。漁港ならではの風景ですね。(D)

2013年7月3日水曜日

水軍バリィさん七変化 Ver.8 「おりひめ と ひこぼし」

恒例の月別バリィさん。

1階の受付カウンターにはこちらのバリィさんが登場しました。



7月7日七夕の夜、天の川を隔てて輝く、 こと座 の1等星べガ(織女星) おりひめ と わし座 の1等星アルタイル(牽牛星) ひこぼし が 一年に1度だけ逢うことを許された日(夜)です。


このお話は古代中国で生まれ日本に語り伝えられた伝説です。


東予地域は一般的に旧暦で行われているため、ひな祭り同様、1ケ月遅れの8月7日が七夕となります。


Dのおうちでもその昔、庭に祖父が準備していたことを思い出します。私は願い事を折り紙(短冊)に書きつつ、御供え物の「すいか」をたんたんと狙っていたましたが。。



村上水軍博物館では、カウンターにある「七色のパールサザエ
http://suigun-staff.blogspot.jp/2013/06/blog-post_7.html
となって7・8月バージョンの夏バリィさんを見守っています。


ご来館お待ちしています。(D)

2013年7月1日月曜日

浜辺からみた風景。(浜辺のお散歩クルーズ)

先週は土日がお休みでしたので、またいつものキャンプに出かけました♪


今月1日からサイト料金が倍以上になるので、駆け込み? 後で知りました。


それはさておき、以前、能島城跡の定期草刈りの時に見かけたシーカヤック。前々から乗ってみたいと思っていましたが、あの軽快さに見とれて、先月専門店で下調べ。

かっこいいタイプからコンパクトなタイプ。海用・川用・競技用とさまざまなものが所狭しと並べられています。店員さんと話していると、まず考えないといけないのは
① 使う目的⇒ ツーリング・釣り等・競技に使うのか。
② 場       所⇒ 海・川
③ 人   数など。。

そして一番大事なのは保管場所。たしかに我が家には車庫がありますが、専用の棚等を新たに設置する必要がありました。3つに分割するタイプや骨組みにカバーを巻きつけるタイプも考えましたが、もっと手軽なタイプを見つけました。小学生の頃におねだりして買ってもらったゴムボート

これなら保管場所にもこまらず、移動・停泊手段である陸のクルーザーの高い屋根に上らずとも小さいトランクスペースにすっぽりと入り、付属の電動エアーポンプで準備も簡単です。

早速、試乗。
これが意外で、かなり軽快、楽しいの一言につきます。日頃の運動不足も少しは解消されるでしょうか。。

洋上に出撃し、しばらくすると、ボラトビウオのように踊っています。浜では釣り人が多数。


高校時代に大洲青年自然の家でのカヌー体験が初めてで、10年前に四万十川のカヌー館で、結構楽しめたのですが、少しの川の流れでバランスを取るのが難しかった記憶がありました。瀬戸内海の浜辺であれば、初心者にも楽しめますね。


但し、油断は禁物です。能島のような急流がある場所ではないのですが、天気の変わり際に風が出できて、波が高くなってきたりします潮の変わり目のような場所には近づかないように心掛けなくてはなりません。初心者ですから。。

で、以前ご紹介した来島村上氏の出城と伝わる平市島へのツーリングを考えたものの、帰ってこれる自信がないので、手軽な浜辺ツーリングを決行。


サメ避けネットに沿って今治市と西条市の境にある大崎鼻周辺をクルーズ。



ここからは古代の山城永納山城跡」が見えます。
http://www.city.saijo.ehime.jp/khome/shakaikyoiku/einosan/


ただの山尾根のように見えますが、山頂付近には大きな石列や版築が所々見られます。洋上から見た風景は、陸から見る感じとまた違います。当たり前ですが、視点が海からになり、邪魔な情報が見えなくなるのがよいですね。

高速道路の高架のちょうど向こうの山尾根がそうですが、今治側からも東予(西条側)からも攻めにくい城です。天然の要害で、海から回ったほうが早いですね。

洋上から見る限りでは、旧東予市の中世城館から平市島などの海城が一直線で見れます。
低い陸地部からでは、小さな丘陵が邪魔して見えないのですが、陸の城(砦)と海の城(砦)が連絡できる立地環境であったのかも知れません。


で、大崎鼻。たしか中世城館(砦)跡(海城?)と言われており、山頂の本丸あたりが平らに見えます。

平市島も山頂から順番に平らな部分があるように見えますね。




大崎鼻は岩が多く海にせり出していることから、浜辺から歩いてはいけません。無人島のような入り江があるので、つい行ってみました。一応、能島城や来島城、甘崎城のような岩礁ピットやテラス状のものがあるかどうか確認しましたが、それらしきものは見当たりませんでした。

こういったところで、本を一日中読むってのもいいかもしれませんね。



ここにもいました。能島城跡のように凄い環境で生きている植物。それもこの辺りに多く自生している松です。土もほとんどないのに。。岩盤に育つ松。恐れ入ります。。。


ってなことで、初めての浜辺お散歩クルーズ。

あー。来島村上氏の出城、なつかしい平市島に行ってみたい。(D)

2013年6月23日日曜日

旧銅精錬所 「四阪島」 大煙突が。。

四阪島をご存知ですか?

四阪島といっても実は「家ノ島、美濃島、明神島、鼠島、梶島の5つの島」で構成されており、
今治市宮窪町友浦地区の沖合、南東へ約10kmに浮かぶ島です。


行政区域は今治市宮窪町友浦になりますが、明治38年、住友(現在の(株)住友金属鉱山)が島全体を買い上げ、全島同社の管理下に置かれる私有地です。

1691年(元禄4年)新居浜市の山中に、足尾・日立・小坂など日本四大銅山の一つと言われた別子銅山が開抗しました。

銅を精錬する際には、有害な亜硫酸ガスが発生します。それは人体や環境に深刻な被害をあたえるため、銅精錬所は山から平地へと移動を繰り返しています。

やがて公害問題が深刻となり、無人島(四阪島)へと時代とともに移転して行きました。


無人島であった四阪島は、最盛期(大正時代)には、人口は5500人を越えています。島と島を埋め立てたり、専用の社宅を作ったり、商店が立ち並び、私立学校までも設立され、海底ケーブルが通り電気も使用開始。

その時煙害の克服に向けて多額の費用をかけて完成したのが、今回ご紹介する「大煙突」(直径10.5メートル、高さ64.2メートル)です。大正13年(1924)に建設され3世代目

但し、公害(煙害)はかえって広範囲に広がってしまうというという皮肉な結果を招いてしまったようです。大煙突から吐き出される硫酸ガスが止まったのは、第2次大戦前の昭和14年のことで、近代技術を注ぎ込んだ硫酸処理装置が、ようやく煙害問題を克服しました。

その後、「大煙突」の役割も終えましたが、地元漁師の方の目印や、東予地域の海の灯台??としての役割も持っていました。

私Dの通勤途中、ある場所から天気が良ければ、よく見えていました。

別の場所、来島海峡SAから撮った写真がこちらです。


デジタルズームの携帯カメラなので、見えにくいですが、ちょうど写真の真ん中あたりに僅かに見えます。6月20日現在で1/3以上解体されている状況です。

が、今年の2月に解体が決定され、以前のような面影は見られなくなりました。
http://photo.sankei.jp.msn.com/kodawari/data/2013/04/10ehime_shisakajima/

今では目印がなく、どの島なのか場所によっては他の島と間違えます。芸予諸島は島が多すぎ重なって見えることから、目印の必要性を感じた次第です。

四阪島は1977年(昭和52年)4月には一部の工場関係者を除いて島を離れ、それから36年以上の月日が流れています。かつては繁栄を誇った四阪島ですが、工場の一部は今も稼働中で、50人ほどの社員が会社所有船で新居浜市から通っているようで、事実上現在の人口はゼロ。

この島は全島企業所有地であり、関係者以外の方の入島は固く禁止されています。

ですが、今治市村上水軍博物館の2階では、その面影を少しでも感じることができる空間がございます。

昔懐かしい??四阪島での昭和の風景など多くの写真が閲覧できます。

「大煙突」はなくなってしまいますが、博物館にその匂いを少し感じに来てみませんか。

また当館3階では、四阪島上空やしまなみ周辺の上空をグーグルマップのように見て回れることが可能です。

ご来館お待ちしています。(D)

2013年6月20日木曜日

やっかいな植生。

毎月恒例の能島での草刈り。


今週末、天気が良ければ、前回に続き草刈りを予定していますが、あいにく台風の影響で来週以降に持ち越しになるかもしれません。。

草刈りといえば、前職場の業務の一環で、湿地性植物の環境保全作業を行っていました。その内容は、地元自治会や愛護班の協力のもと年最低2回の草刈り、そして苗草(鷺草)の定稙作業。

先々週のキャンプの帰り道、その場所に寄ると、ちゃんと草刈りが行われ綺麗になっていました。

華麗なおかけで、昆虫や指定植物の観察も木道から容易に行えます。(木道から湿地内への侵入は厳禁です。)      



このような状況にするには大勢の人数で、役割分担を行い、作業を進めます。

2サイクルの草刈り機で「ブンブン」出力を上げずに刈り上げ。まるで私Dの散髪のように。。


とある箇所に近づくと、固くシツコイ木のようなものに当たります。
ここ最近に根を張りだした、北米原産の特定外来性植物「ニセアカシア」です。草刈り機で根本まで飛ばしても、樹勢が強くすぐ張り出してきます。高木で花が咲くと、蜜が取れることから賛否両論あるようですが、湿地には必要ありませんし、一旦侵略されると大変なことになります。


この植物。能島にやってくると大変になってしまいます。前回の草刈りで一通り、見たつもりですが、あったら大変です。『今のところ見かけてはいません。

能島城跡では、専門の先生方からの意見を取り入れ、今後の保全、整備、植生を考え、発掘調査のほか整備事業が順次行われています。


本年度から一部の大きな樹木の伐採が始まる予定です。


こちらの写真は10数年前の能島城跡の様子。郭の様子や地表面がはっきりとわかります。

定期健診のように適切な管理を行うことにより、景観や遺構が保たれます。定期的な伐採、草刈りは欠かせないのです。(D)

2013年6月17日月曜日

マタグルマの旅立ち

かつて採掘した大島石の運搬に使用されたマタグルマ。


昭和30年代 不許転載 当館蔵


先日、展示してある石文化運動公園(石文化伝承館)からトラックに載せられて、千葉県へと運ばれていきました。

国立歴史民俗博物館で開催されるこの企画展に出展されるためです。


大切な資料の旅立ちということで、学芸員の私Kは、インターンシップ中の伯方高校生を連れて、搬出の立会に行ってきました。
通常の宅配便とはちがって、今回は美術品輸送。専門のスタッフによって、エアキャップ(プチプチ)などで厳重に梱包され細心の注意を払って運搬されます。


運送屋さんの誤算?は、マタグルマの上に石が積んであったこと。借受先の担当者から事前に聞いていたということですが、実物を見て、ため息をついている瞬間を私は見逃しませんでした。


だって、ひとつ約50kgのものが、十数個のっているんですから。
でもさすがは運送のプロですね。返却後に積み直すことも考えて、手際よく作業を進めていきます。他の資料の梱包も含めて約2時間の作業が終わり、マタグルマは無事、千葉へと旅立っていきました。

宮窪町の採石道具も展示される企画展『時代を作った技-中世の生産革命-』は、7月2日~9月1日まで、国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)で開催されます。そしてなんと、その後の9月13日~11月4日には、この展示が広島県立歴史博物館(広島県福山市)でも開催されます。

いま宮窪町の産業を支えてきた大島石の伝統と技術、そして文化に光があたろうとしています。(K)